「バイト帰りにベーカリーでパンを買って、家でテレビを見た。」
何気ない一文のように見えますが、実は「バイト」はドイツ語、「ベーカリー」と「テレビ」は英語、「パン」はポルトガル語に由来しています。
つまり僕たちは毎日、様々な国から渡ってきた言葉を、ほとんど意識することなく使っているのです。
けれども、その語源を少したどるだけで、見えてくる景色は大きく変わります。
そこには、その国がどの地域と出会い、何を受け入れ、どのような歴史を重ねてきたのかが、言葉の痕跡として残されているからです。
そんな言葉の中に積み重なった歴史が、とりわけ鮮やかに見えるのがインドネシア語でしょう。
なかでも興味深いのがMerdeka、Kemerdekaan、Istiqlalという「独立」にまつわる三つの言葉です。
Merdeka、Kemerdekaan、Istiqlal――三つの「独立」
まずは、この三つの言葉を簡単に整理してみましょう!
インドネシアについて調べていると、まず目にすることが多いのが、Merdeka(ムルデカ)という言葉です。
意味は「自由な」、「独立した」。
インドネシアの独立を象徴する言葉でもあり、西洋諸国からの独立運動の中ではそのまま、Merdeka!と叫ばれました。
日本語にするなら、「独立だ!」「自由だ!」といった力強い響きに近いでしょう。
実はこのMerdeka、東南アジアを旅行していると意外なほどいろいろな場所で出会います。
ジャカルタで国立記念塔モナスを囲んでいる広場はMerdeka Square(独立広場)。
クアラルンプールにも、マレーシア独立の象徴ともいえるDataran Merdeka(ムルデカ広場)があります。Dataran Merdekaはそのまま独立広場という意味です。
さらにクアラルンプールにそびえる高さ678.9m、現在世界第2位の高さを誇る超高層ビルも、Merdeka 118。
そして、日本人残留兵とインドネシア独立戦争を題材にした映画『ムルデカ17805』の「ムルデカ」も、まったく同じ言葉です。タイトルにあるこのムルデカも「独立」や「自由」を意味しています。

こうして見ると、Merdekaは単なる辞書の中の単語ではなく、インドネシアやマレーシアの「独立」を象徴する言葉として、街の名前や建物、映画の作品の中にまで刻まれていることが分かります。
そしてMerdekaにke- ~ -anが付いたものが、Kemerdekaan(クムルデカアン)。
こちらは独立しているという性質ではなく、独立という状態や出来事そのものを表す名詞になります。
たとえばインドネシアの独立記念日は、Hari Kemerdekaan Indonesiaといいます。
つまり、大まかには、
- Merdeka = 独立した・自由な
- Kemerdekaan = 独立・自由という状態
と考えると分かりやすいでしょう。
ここまでは、同じ言葉から派生した親子のような関係です。

ところが、ここにまったく別の言葉が登場します。
それがIstiqlal(イスティクラル)。
こちらも意味は「独立」。
そして僕にとって、この言葉には少し見覚えがありました。
以前の記事で紹介した、タジキスタンの首都ドゥシャンベに建つイスティクロルタワー(Istiqlol Tower)です。
タジク語の истиқлол(istiqlol) も「独立」を意味し、ペルシア語を経てアラビア語の istiqlāl(استقلال) にさかのぼります。
つまり、ジャカルタの「Istiqlal」とドゥシャンベの「Istiqlol」は、発音こそ少し違うものの、もともとは同じ言葉だったのです。
インドネシアから遠く離れた中央アジアのタジキスタンで、同じ「独立」という言葉に再び出会う。
これだけでも、言葉が国境を越えて広がってきたことを実感できます。
そして、ここからが今回の本題です。
MerdekaもIstiqlalも、意味はどちらも「独立」。
それなのに、Merdekaのルーツをたどれば古代インドへ、Istiqlalをたどればアラブ世界へ行き着きます。
なぜ、一つのインドネシア語の中に、これほど遠く離れた世界の言葉が共存しているのでしょうか?
その答えを探していくと、インドネシアが歩んできた千年以上の歴史が見えてきます。
Merdekaの語源は古代インドにあった!
ジャカルタの喧騒を抜ける時も、バリ島ののどかな路地を歩く時も、インドネシアの街角では必ずと言っていいほどJalan Merdeka(ムルデカ通り)という標識を目にします。
独立を意味するMerdekaは、現在ではごく普通の、日常にすっかり溶け込んだインドネシア語です。
しかし、この言葉のルーツをたどると、はるか昔のインドで使われていた古代言語、サンスクリット語の”maharddhika”という単語に行き着きます。
サンスクリット語というのはものすごく簡単にいうと、インドでむかし話されていた言葉です。
ただし面白いのは、サンスクリット語のこの単語は本来「裕福な、力のある」という意味で、「自由」や「独立」を指す言葉ではなかったということ。
マレー諸島に伝わる過程で、まず「(身請けされて)自由になった元奴隷」を指す言葉に変化し、そこからさらに時代を経て、現在の「独立・自由」という意味に転じていったのです。
かつてインドネシア周辺の海域は、インドとの交易で活気に満ちていて、人と物が行き交う波頭を越えて、ヒンドゥー教や仏教といった宗教、そして新しい文化が次々とこの島々に上陸いていきました。

スマトラ島を中心に栄華を極めたシュリーヴィジャヤ王国や、ジャワ島で強大な勢力を誇ったマジャパヒト王国。
こうした歴史的な王朝の繁栄とともに、インドから持ち込まれたサンスクリット語も、深くこの地に根を下ろしていったのです。
その名残は、今のインドネシア語の中に驚くほどはっきりと残っています。
- raja(王)
- negara(国家)
- agama(宗教)
- bahasa(言語)
- desa(村)
これらの単語はどれも、インドネシアの人々が毎日当たり前のように使っている言葉です。
「国家」や「宗教」、さらには人々の生活の基盤である「村」といった、社会の根幹をなす言葉すら、実は海を渡ってきた外来語だった。
この事実に気づくと、千年以上前の文化交流がいかに深く、人々の暮らしを根底から作り変えるほどのエネルギーを持っていたかがわかります。
Merdekaもまた、そんな深い歴史の地層から受け継がれた言葉の一つなのです。
Istiqlalはアラビア語から来た言葉

ジャカルタの中心部、緑豊かな敷地にそびえ立つ巨大なイスティクラル・モスク(Masjid Istiqlal)。
夕刻、その大きなドームの向こうから街中にアザーンが響き渡る時間に歩いていると、このモスクの名にも冠された「Istiqlal」という言葉が持つ、どこか厳粛な空気感に触れる気がします。
古代インドの文化にルーツを持つMerdekaに対して、Istiqlalはまったく違う場所からやってきました。
元になっているのは、アラビア語のاستقلال(istiqlāl)。
こちらも意味は同じく「独立」や「自立」。
同じ「独立」という概念を指していながら、その言葉が生まれた故郷は海を挟んで遠く離れた別の文化圏にあります。
なぜ、遥か彼方のアラブ世界で話されていた言葉が、インドネシアの地に入ってきたのでしょうか?
その背景にあるのが、海を渡ったイスラム教の広がりの歴史です。
かつてヒンドゥー教や仏教がそうであったように、港町を巡る貿易船に乗って、商人や伝道師とともにイスラム教がこの地にやってきました。

そして人々が新しい信仰と生活様式を受け入れていく過程で、宗教や社会の仕組みを語るためのアラビア語も、自然と人々の言葉の中に溶け込んでいったのです。
今、インドネシアの日常の中で耳にする言葉の中にも、アラビア語をルーツに持つものが数多く存在します。
- dunia(世界)
- hukum(法律)
- ilmu(知識・学問)
- zaman(時代)
- wajib(義務)
- izin(許可)
- kabar(知らせ)
どれも決して難しい言葉ではなく、街中の会話やニュースでごく当たり前に飛び交うものばかりです。
僕たちが日本語の中で「社会」や「文化」といった漢語や、「ホテル」や「テレビ」といった外来語を特に意識せず使っている感覚と、とてもよく似ています。
僕らもそうであるように、現地の人々が日常で会話を交わすとき、言葉のルーツを毎回意識することはないでしょう。
けれど、街を歩き、その響きにじっと耳を澄ませてみると、そこにはかつて海を越えて交わされた人々の営みと、重なり合った壮大な歴史の地層が確かに息づいています。
インドネシア語は「歴史のミルフィーユ」

こうして見てみるとインドネシア語は、まるで何層にも重なったミルフィーユのように見えますね。
古い層には、インドとの交流によって入ってきたサンスクリット語。
その上に、イスラム教の広がりとともにアラビア語が重なり、さらにヨーロッパ人の進出によってポルトガル語やオランダ語が加わっていく。現代では、そこに英語まで乗っかっています。
ただ、面白いのは、新しい文化が入ってきたからといって、それまでの言葉がきれいに消えてしまったわけではないこと。
古い言葉を残したまま、その上に新しい時代の言葉が重なっていく。
だから今のインドネシア語には、古代インドとの交流も、イスラム化の時代も、西洋諸国による植民地支配の記憶も、そしてグローバル化した現在も、同じ言語の中に同居しているのです。
僕には、それがインドネシアという国そのものにも少し似ているように感じられます。
ヒンドゥー教や仏教の遺跡が残る一方で、街にはモスクが建ち、その近くには植民地時代の建物が残っている。さらに視線を上げれば、近代的な高層ビル。
時代が違いすぎて、本来なら少し渋滞しそうなところですが、インドネシアではそれらが妙に自然に同居しています。
インドネシア語もまた、そんなこの国の歴史をそのまま映しているのだと思います。
実は、日本語もかなりのミルフィーユ

ここで少し立ち止まって考えてみると、僕たちが毎日使っている日本語も相当なものだということに気付かされます。
たとえば冒頭の、「バイト帰りにベーカリーでパンを買って、家でテレビを見た。」という、ごく普通の一文。
「バイト」はドイツ語、「ベーカリー」や「テレビ」は英語、「パン」はポルトガル語由来。一文の中だけで、ドイツ語、英語、ポルトガル語が集合していて、なかなか国際色豊かです。
その一方で、「文化」「社会」「国家」のような漢語があり、そのさらに奥には「山」「川」「食べる」といった古くからの和語があります。
僕たちもまた、様々な時代や地域からやって来た言葉を、何の違和感もなく一つの日本語として使っています。
そう考えると、インドネシア語のミルフィーユ構造も、決して遠い外国だけの話ではないように感じられます。
むしろ僕たち自身も、毎日かなり分厚い言語のミルフィーユを食べながら会話しているようなものなのです。
言葉を知ると、旅先の景色が少し変わる
どこか遠くに出かけたり、旅行したりすると、どうしても目に見えるものに意識が向きがちです。
大きなモスク、美しい寺院、植民地時代の建物、高層ビル。
勿論、それだけでもとても面白いのですが、その土地で使われている言葉の由来を少し知るだけで、街の見え方ががらりと変わる瞬間があります。
たとえばMerdekaという言葉もそう。
何も知らなければ、「なんだか東南アジアっぽい名前だな」で通り過ぎてしまうかもしれません。
でも、それが「独立」を意味し、さらにそのルーツが古代インドにまでさかのぼるということを知っていれば、見え方はかなり違ってくるはずです。
「Istiqlal」も同じです。
ジャカルタの巨大なモスクの名前として見るだけなら、一つの固有名詞にすぎないでしょう。
けれど、それがアラビア語で「独立」を意味し、遠く中央アジアのタジキスタンにある「Istiqlol」とも同じ語源だと知れば、一つの単語だけで一気に地図が広がります。
インドネシアから中央アジアまで。
言葉は思っている以上に長距離移動します。
旅先で何気なく目にする地名や建物の名前も、その由来をたどれば、人の移動や交易、信仰、支配、独立といった歴史につながっている。
僕が旅先で言葉の由来に惹かれるのは、まさにこの部分なのです。
歴史は、博物館のガラスケースの中だけにあるものではありません。
看板にも、広場の名前にも、ビルの名前にも、そして僕たちが何気なく口にする言葉の中にも残っています。
何気なく通り過ぎていた文字の向こうに、長い歴史や人々の記憶が重なっていることに気付くと、旅先の景色は少しだけ立体的に見えてきます。
ただ見るだけだった街が、その土地の過去を読む場所へと変わっていく。
そんな小さな発見もまた、旅の面白さなんだなあと思います。