ギリシャという国名を聞いたとき、多くの人の脳裏に浮かぶのは、どこまでも続くような青空と海、その青に映える白い家々、そしてエーゲ海に点在する島々の鮮烈な色彩ではないでしょうか?
旅行会社のポスターやSNSを彩る、あの光に満ちた青と白の世界です。
しかし、視線を沿岸部からそっと本土や山岳地帯の奥深くへ移すと、そこには僕たちが知る姿とはまるで異なる、もうひとつのギリシャが息づいています。
- 大地の色をそのまま焼き付けたような赤茶色の瓦
- 幾重にも積まれた灰色の石屋根
- 険しい山の斜面に沈み込むように身を寄せる、重厚な石造りの家々
サントリーニ島をはじめとしたキクラデス諸島の街並みが、海のまばゆい光を受け止めるために形づくられてきたものだとすれば、内陸の村々は、雨や雪、山の寒さと向き合う中で生まれてきた姿なのかもしれません。
では、なぜ海沿いの島々では青と白が印象に残り、内陸部では石造りの家や赤い屋根が目立つのでしょうか?
この記事では、ギリシャ内陸部の街並みを気候、建築材料、地形、そして周辺地域とのつながりから考えていきます!
ギリシャに「青と白」のイメージが強い理由は、こちらの記事で詳しく解説しています!
なぜギリシャ内陸部には、赤い屋根や石造りの家が多いのか?

冬には雪が積もる
ギリシャ内陸部、特に北西部の山岳地帯の街並みを考えるとき、まず大事なのは気候です。
ギリシャといえば、空気の乾いた夏、焼けつくような日差し、そして輝く青い海を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、視線を内陸の山岳地帯へと移すと、そこには全く異なる世界が広がっています。
深く刻まれた谷を吹き抜ける風や、冬の身を切るような寒さ。
地域によっては冬には雪が積もり、冷たい雨や山風が家々にぶつかることもあります。
そうした山の環境では、キクラデス諸島でよく見られる白い壁や平らな屋根とは、求められる役割が変わってきます。
必要なのは重たい雪を滑り落とし、雨を素早く逃がすための傾斜屋根。
凍てつく寒さから室内のぬくもりを守り抜く分厚い壁。
そして、険しい山の斜面にしっかりと根を張り、大地にしがみつくように計算された堅牢な造りです。
ギリシャ北西部のピンドス山脈に抱かれ、2023年に世界文化遺産にも登録されたザゴリの文化的景観(ザゴロホリア / 46もの村々が文化遺産を構成している)は、まさにその象徴といえます。

画像:Ziegler175氏, Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
ICOMOS(国際記念物遺跡会議)の評価書でも触れられているように、この地域の家々は、周辺の山から切り出した石灰岩を主体とし、屋根にはスレート、つまり薄く割った石板を重ねた屋根が用いられています。
2〜3階建てのどっしりとした佇まいと、何層にも重ねられた石葺きの屋根が特徴です。
ここから見えてくるのは、内陸の家々が景色に映えるためではなく、過酷な山で生き抜くための切実な機能として形作られてきたという事実です。
屋根は街並みをノスタルジックに彩るための単なる飾りなどではなく、家族の暮らしを守るという切実な役割があったからこそ、この土地ならではの、どっしりと頑丈な屋根の形が生まれたのです。
そして、その土地で採れた石や土は長いあいだ雨や風に打たれるうちに、少しずつ周りの自然に溶け込んでいきます。
それがあの山の岩肌にそっくりな、深くて渋い色合いを生み出しているのです。
赤い屋根は、土を焼いた色だった!

赤いテラコッタ瓦は目を引く美しさで、どこか歴史を感じさせる
ギリシャ内陸部で見かける赤茶色の屋根。その正体の多くは、焼き物の瓦です。
粘土を成形し、窯で焼く。
すると、土に含まれる鉄分などの影響で、赤茶色やオレンジがかった色になります。
いわゆるテラコッタです。
テラコッタ(Terracotta)とは、簡単にいえば焼成された粘土のこと。
黄土色から赤色に近いあの温かみのある色は、塗料ではなく土そのものが焼かれて生まれた色です。
なぜ、焼いた粘土の瓦屋根が使われる必要性があったのでしょうか?
当然、見た目が美しいからという理由だけではありません。それを使わなければならなかった合理的な理由があったはずです。
なぜテラコッタ瓦を使う必要性があったのか?

まず、粘土は比較的手に入りやすい素材でした。
粘土は世界中の多くの地域に存在しています。川沿いや平地、山の麓などで採れる土を成形し、乾かして焼けば屋根材として使うことができます。
遠くから特別な材料を運ばなくても、その土地の近くにある素材で家を守ることができたのです。
雨や火に強く、補修もしやすい!
さらに、焼成された粘土瓦には雨や火に強いという利点があります。
テラコッタは適切に維持すれば、長く使えるとされているほど耐久性のある素材です。
地中海沿岸は夏には乾燥し、冬には雨が降る地域もあります。
そうした環境では燃えにくく、雨を受け流しやすい瓦屋根は、暮らしを守るためのかなり合理的な選択であるといえるでしょう。
また、瓦は一枚ずつ重ねて葺(ふ)くため、構造上傷んだ部分を補修しやすいという利点もあります。
雨が降れば、水は瓦の表面を伝って下へ流れる。
壊れた部分があれば、その一部だけを交換できる。
家全体を作り直さなくても、屋根を少しずつ直しながら使いつづけられる。
これは、長く暮らす家にとって大きな利点です。
考えてみれば当たり前のことですが、当時の地中海沿岸の人たちは地中海らしい景観を作るためにあの美しい赤茶色の瓦屋根を使っていたわけではありません。
比較的手に入りやすい土を使い、雨水を効率よく逃がし、火災に耐え、傷んだ部分を補修しながら使いつづける。
そうした徹底した実用性があったからこそ、焼いた粘土の瓦は地中海世界の屋根材として長く重宝されてきたのです。
日本の瓦屋根や土壁にも、どこか通じる発想があります。
身近な土を使い、火や雨から暮らしを守るという意味では、遠い地中海の屋根とも重なる部分があるのかもしれません。
面白いことに、この屋根は赤く塗られたものではなく、粘土に含まれる鉄分などが窯で焼かれることで生まれた、素材そのものの色なのです。
エーゲ海の島々を彩る白い家々が、強い日差しの中で涼しく暮らすための知恵から生まれた色だとすれば、内陸の赤い屋根は、土を焼き、雨や火から家を守ってきた暮らしの跡が、そのまま風景になった色なのだと思います。

街の色彩は、誰かの好みだけで決まったものではありません。
その土地で何が手に入り、どんな自然と向き合う必要があったのか。。。
その問いへの答えが、目の前に広がる景色になっているのです。
ジロカストラに見る、国境を越えた石造りの街並み
赤い瓦屋根の話をたどっていくと、街並みの色は、その土地で手に入る材料と深く結びついていることが見えてきます。
粘土が身近な場所では、土を焼いた瓦が屋根になる。
一方、ザゴリやジロカストラのような山岳地帯では、家の主役は石になります。
素材は違っても、土地にあるものを使って暮らしを守るという原理は同じです。
この視点でギリシャ内陸部の石造りの村を見ていると、ひとつ面白いことに気づきます。
この風景は、ギリシャだけで完結しているわけではない、ということです。
たとえば、ギリシャのすぐ隣・アルバニア南部にジロカストラ(Gjirokastër)という街があります。
ジロカストラは、ベラトとともにUNESCO世界遺産に登録されている歴史都市。
UNESCOはベラトとジロカストラを、オスマン期の建築的特徴をよく残す希少な例として紹介しています。

山の斜面に沿って積み重なる、石造りの家々。
迷路のように入り組んだ石畳の坂道。
鈍い光を返す、灰色の石屋根。
ジロカストラが「石の街」と呼ばれることがあるのも、うなずける景色です。
そこにあるのは、サントリーニのように海へ開かれた明るさとは少し違う、山の街ならではの重厚で静かな空気です。
けれど、国境を越えてギリシャ側のザゴリにある石造りの村々と見比べると、両者の間には不思議な近さを感じます。
その近さは、偶然だけではなさそうです。
UNESCOはザゴリの村々について、より広いバルカン地域に共通するビザンツ・オスマン系の民家建築の遺産を反映していると説明しています。
一方、ジロカストラについても、ICOMOSはバルカン地域に特徴的なクラ(kullë / アルバニア語で塔の意味)と呼ばれる塔状住居が見られる街だと説明しています。
地図上ではザゴリはギリシャで、ジロカストラはアルバニア。
もちろん、国境や政治の歴史を無視することはできません。
けれど、家を建てるという切実な行為において、人々がまず向き合ったのは、目の前の山であり、手に入る石であり、冬の寒さや雨風だったのではないでしょうか?
- 山から石を切り出し、分厚い壁を築く
- 急な斜面に逆らわず、地形に沿うように家を建てる
- 雨や雪を受け流すために、屋根に傾斜をつける
そう考えると、ギリシャ内陸部の赤い屋根や石造りの村々は、単なるギリシャの地方建築という枠だけでは語りきれません。
それは、バルカンの山岳地帯に生きた人々が、自然と折り合いをつけながら暮らしてきた痕跡でもあります。
国境の線を少しだけ薄くして眺めてみると、ザゴリの石の村とジロカストラの石の街は、別々の観光地ではなく、同じ山の暮らしが石と屋根の形を借りて残った風景に見えてくるのです。
まとめ
ギリシャ内陸部に赤茶色の瓦屋根や石造りの家々が多く見られる理由は、ひとつではありません。
雨や雪を受け流すための傾斜屋根。
その土地で手に入る粘土や石。
山の寒さに耐えるための厚い壁。
そして、国境を越えたバルカン地域との歴史的なつながり。
それらが何世代にもわたる暮らしと重なり、あの静かで力強い街並みを形づくってきました。
海沿いの島々では、白い壁が強い光を受け止めます。
一方、内陸の村々では、赤い瓦や灰色の石が、山の風景に深く溶け込んでいきます。
どちらが本当のギリシャなのか、という話ではありません。
どちらも、ギリシャの大切な表情です。
街を彩る色は、ただの装飾ではありません。
その土地で何を手に入れ、どんな自然と向き合い、どう暮らしを守ってきたのか。
その積み重ねが、屋根の色や壁の質感となって、今も風景の中に残っているのだと思います。