「次の旅行はどこに行こう?」
そう考えたとき、中央アジアで真っ先に思い浮かぶのは、サマルカンドやブハラといった有名都市だと思います。
青いタイルが美しいモスク、活気あふれるバザール、世界中から集まる観光客。。。どれも間違いなく、素晴らしい場所なのは言うまでもないでしょう。
でも今回は、あえてちょっと違う選択肢を提案してみたいのです!
それが、タジキスタン第二の都市・フジャンド(Хуҷанд / Khujand)。
ガイドブックではあんまり見かけない、結構マイナーな街ですがだからこそ、ここでしか味わえない旅の面白さが詰まっているんです。
フジャンドには多くの見どころスポットがありますが、今回はフジャンドにあるパンジシャンベバザールへ実際に行ってきたので、みなさんに紹介していこうと思います!
*本記事にはバザールの精肉売り場の写真が含まれますが、現地の文化的背景を尊重し、ありのままの姿を紹介していきます。
フジャンドって、どんな街?

フジャンドはタジキスタン北部、シルダリア川沿いにある古都。
歴史をたどると、なんと紀元前4世紀。あのアレクサンドロス大王が、東方遠征の最果ての地として最果てのアレクサンドリア(アレクサンドリア・エスハテ)と名付けた場所でもあります。
世界史の教科書に出てくる人物が、実際にここまで来ていたと思うと、ちょっとロマンを感じませんか?
2500年以上の歴史を持つ街なのに、観光地としての知名度は驚くほど低め。でも、この知られていない感じこそがフジャンド最大の魅力なんです!
名称:パンジシャンベバザール(Бозори Панҷшанбе / Panjshanbe Bazaar)
住所:タジキスタン共和国ソグド州フジャンド市 シャルク通り
(Sharq street Panjshanbe Bazaar, Khujand 735700 Tajikistan)
Google評価:4.5/5 (5942レビュー)
営業時間:7:00頃 – 20:00頃(不定休)
圧倒的な色彩と、迷宮のような内装

フジャンドに来たら、まず立ち寄りたいのがパンジシャンベバザール!(Бозори Панҷшанбе / Panjshanbe Bazaar)
「パンジシャンベ」はタジク語で木曜日という意味で、昔からこの地域の人たちの生活を支えてきた市場です。ちなみに、タジキスタンの首都ドゥシャンベは月曜日。曜日の名前が街の名前になっているのも、タジキスタンらしくて面白いですね!
このバザール、実は2階建て。(この写真も2階から撮ってます)
外から見ると少し雑多で、ごちゃっとした印象を受けるかもしれませんが、中に一歩足を踏み入れると、その印象はガラッと変わります。
通路は入り組んでいて、方向感覚が少しずつ怪しくなる感じ。
でもそれが嫌じゃない。むしろ、迷路を探検しているみたいで、どんどん奥へ進みたくなるんです!

バザールの1階に足を踏み入れると、そこはあらゆる生命の匂いと色彩が渦巻く、カオスな小宇宙とでもいうような空間でした。
まず目を奪われるのは、幾何学模様のように美しく積み上げられたナッツやドライフルーツの山。特産のクルミは殻を割るたびに芳醇な油分を放ち、ピスタチオやアーモンドの香ばしさが鼻腔をくすぐります。
その隣ではまるでスパイスの絵画!
深紅のパウダーパウダー、鮮やかな黄色のターメリック、そして中央アジアの香りを象徴するクミンが、異国の情緒を強烈に醸し出しています。
ふと視線を転じれば、そこにはこの土地の”生”のリアリティが転がっています。
精肉コーナーに足を運ぶと、吊るされた羊の塊肉を職人が無駄のない手つきで捌き、鈍い音を立てて骨を断つ。

肉はここで加工され、量り売りで売られる
その力強さに圧倒されていると、今度はどこからか独特な酸っぱい香りが漂ってきます。自家製の白いチーズ(クルト)や、シルダリア川で獲れたと思われる銀色に光る魚たちが、所狭しと並べられているのです。
特に面白いのが、タジキスタンだけではないですが中央アジアは中国との経済的つながりが本当に強いんだなあということ。
タジキスタンの大地が育んだ大ぶりの野菜に混じって、大量の中国から運ばれてきた艶やかな果実たちが、市場にさらなる色彩のグラデーションを加えています。中国との国境の近さを実感させる光景です。
そんな混沌とした喧騒の中、ひときわ異彩を放つ光景がありました。
通路のあちこちで、店主たちが手押し車を引いているのです。大きい生肉や野菜を積み込んだ色々な手押し車がありましたが、その中でもひときわ目立っていたのが中央アジアの魂ともいえる巨大なノン(饢)!
手押し車の上にうず高く、これでもかと積み上げられているノンは、それはもはやパンという可愛らしい呼び名が似合わないほど、分厚く、大きく、重厚な存在感を放っているのです。

ノンとはインドカレー屋でおなじみのナンの仲間みたいなもの
台車が通るたびに、香ばしい小麦の香りが空気の層を塗り替えていく。
手押し車の上でどっしりと鎮座するその巨大な円盤は、まるでこの街に生きる人々の胃袋と明日を支える、揺るぎない盾のようにも見えました。
このバザールの中心に鎮座するのは、きらびやかな宝石でも歴史的な遺物でもない。無造作に積み上げられた、この逞しくも巨大なノンなのだと、その圧倒的な質量を前にただ立ち尽くすしかありませんでした。
さて、階段を上がって2階に行くと、今度は雰囲気が一変。
衣服、靴、時計、アクセサリー、さらにはスマートフォンやその周辺機器まで売られていて、正直「ここまであるの?」と少し驚きました。
感覚としては、巨大なアウトレットモールを、ぎゅっと圧縮した感じ。ブランドもジャンルもごちゃ混ぜなのに、不思議と成り立っている。この雑多さが、逆に楽しいんです。

ここで印象的なのは、観光客向けの演出がほとんど感じられないこと。
民族衣装を着たおばちゃんたちが普通に店番をしていて、地元の人たちがいつも通りの買い物をしている。
有名観光地のバザールだと観光客価格だったり、写真映えを意識した並べ方だったり、どうしても作られた感じが出てしまいますよね。
でも、ここは違います。
観光客の自分たちは、ただその日常に混ざらせてもらっている感覚。
歩いていると、「どこから来たの?」と気さくに声をかけてくれる店の人も多く、片言の英語やジェスチャーでも、ちゃんと通じる。
写真を撮っても嫌な顔をされることはなく、カメラを向けると、ニコッと笑ってくれたり、軽く手を振ってくれたり。
観光客だとわかると、「観光客だからおまけするよ」と柔らかく対応してくれる場面もあって、全体的に、とにかく人が優しい。
この距離感の近さが、なんとも心地いいのです。

華やかなバザールの片隅で
けれど、そんな生命力の塊のような喧騒の中で、ふと足を止められる瞬間がありました。 人混みをかき分けるように歩く僕の服の裾を、誰かがそっと、けれど決して離さない強さで引いているのです。
振り返ると、そこには一人の小さな女の子が立っていました。
彼女が黙って差し出してきたのは、一枚の古びたポスター。そこには、病室のベッドで力なく横たわる幼い男の子の写真がありました。彼女の弟でしょうか。
「手術代が必要なの」

心臓の病気?が原因で手術が必要と記載されており、費用は16000ソモニ(約27万円)とある
僕には難しいロシア語の細かなニュアンスまではわからないのですが、彼女が発する「お金がほしい」という言葉と、吸い込まれそうなほど真っ直ぐで切実な瞳は言葉の壁を越えて、彼女が背負うにはあまりにも重すぎる現実を突きつけてきました。
僕は戸惑いながらポーチを探りました。実はこうした時のために、僕はいつも日本のお菓子をストックしています。
海外では時として、子どもの背後に大人の存在が透けて見える物乞いのケースもある。だからこそ、僕は安易にお金を渡すのではなく、せめてお菓子を渡すことにしているのです。
しかし、いざ日本から持ってきたキットカットやカントリーマアムを差し出そうとすると、彼女は表情を変えることなく、静かに首を横に振ったのです。
「お菓子じゃだめ、お金が欲しいの」――その一点張りでした。
困り果てて、僕は逃げるように再び歩き出しました。けれど、彼女は僕の服を掴んだまま、人混みの先までどこまでも付いてきます。その小さな手の重みが、僕の心にずしりとのしかかりました。
どうすればいいのか分からず立ち往生していたその時、バザールのお菓子屋に立つ店員と、偶然目が合いました。
困り顔の僕に気づいたその店員さんは、事情を察したようにフッと笑うと、女の子に向かってタジク語で優しく、けれど諭すように何かを語りかけました。そして、店先にある色鮮やかなペロペロキャンディーを一つ手に取り、彼女にそっと手渡したのです。
すると、あんなに頑なにお金を求めていた女の子は、魔法が解けたようにすっと力を抜き、何も言わずに雑踏の中へと消えていきました。
あの時、店員は何と言ったのか。そして、なぜあんなに頑なだった彼女はキャンディー一つで去っていったのか。 答えは分かりません。
けれど、バザールの日常を生きる彼らの間には、余所者の僕には到底踏み込めない、暗黙の流儀のようなものがあるのかもしれない。。。 そんなことを考えながら、僕は再び、ノンの香りと商人たちの客引きの声が渦巻く混沌とした日常へと戻っていきました。
まとめ
フジャンドのパンジシャンベバザールは、いわゆる観光名所とは少し違う場所でした。
ノンの匂いが漂い、精肉場では当たり前のように肉が捌かれ、人々はいつも通りの買い物をしている。そこにあるのは誰かに見せるための中央アジアではなく、長いあいだつづいてきた日常そのものなのです。
歩いているうちに、気づけば観光客であることを忘れ、街の流れに混ざっている自分がいました。
声をかけられ、笑われ、少しおまけをしてもらって、また歩き出す。。。
そんな何気ないやり取りが、妙に心に残ります。
一方で、その喧騒のすぐそばに、重たい現実が転がっているのも事実でした。
女の子との短いやり取りは、どう受け止めればよかったのか、今でもはっきりとは分かりません。ただ、あの場にあった空気や距離感は、外から来た僕には完全には理解できないものだった気がします。
旅をすると楽しい思い出だけでなく、説明できない感情を持ち帰ることがあります。フジャンドは、まさにそんな街でした。
派手さはないけれど、確かに人が生きている場所を歩いた感覚が残る。
「次の旅行はどこに行こう?」
もしそんなことを考えていたのなら、フジャンドという街を思い出してもらえたら嬉しいです!
「【フジャンド】パンジシャンベバザール徹底ガイド!迷路のようなバザールを大探検!!」への1件のフィードバック