日本の最北端であり北海道の最東端でもある。晴れた日には肉眼でも見えるその小さな島々――それが北方領土。
「そもそもなぜロシアが占拠しつづけているの?」
そう疑問に思ったことはありませんか?
社会の教科書を開いてみると「第二次世界大戦後にソ連が不法占拠した」とだけ簡単に書かれています。
でもなぜロシアがこんな極東にある何もなさそうな島々をほしがるのでしょうか?
実は、ロシアがこの小さな島々に固執するのには、もっと根深い歴史的・戦略的な理由があるのです。
そこで今回は、なぜロシアが北方領土を手放したがらないのか、その背景にある歴史的・戦略的な理由をわかりやすく解説していきます!
歴史的背景
ロシアは世界最大の国土を持つものの、驚くことに 一年中使える港(不凍港)が非常に限られているという地理的弱点を抱えています。
たとえば…
- 北極海沿岸やバルト海の港は冬は凍結してしまい、貿易も軍艦も動けない。
- ウラジオストクは日本海に面するものの、冬季には凍結することもあり、さらに太平洋へ出るには日本が邪魔。
つまり、ロシアにとって港が凍るというのは、貿易も軍事も止まりやすいという深刻なリスクが常に付きまとうのです。そこでむかしのロシア帝国(1721 – 1917)は不凍港獲得のために南下政策(Russian imperialism)を推し進めていきました!
不凍港確保への渇望はペテル大帝の時代(18世紀初) に始まりました。黒海を目指す南下政策はクリミア戦争へとつながり、結果的に一時的な敗北を余儀なくされます。
(露土戦争:一度は黒海のアゾフ湾を獲得したが、持続できず)
その後、19世紀半ばには クリミア半島のセヴァストポリ港を確保。黒海艦隊を配備することで、 冬でも使える温暖な港の獲得に成功します。これにより、地中海への影響力強化が目指されました。
同時期、ロシアは中央アジアから南アジアへの進出を狙い、イギリスとグレートゲームという覇権争いで激しく対峙しました。目的は、黒海や地中海だけでなく、インド洋へ直接つながる温暖な港を手に入れるためでもありました。

画像出典:”Map of Asia, 1900 (No Napoleon)” Althistory Fandom Wiki – Great Game (No Napoleon) より引用
英露の覇権争いはイギリスの勝利に終わり、イギリスはインド・ビルマなどの海沿い地域における決定的な覇権を、ロシアは内陸部の中央アジア全域を支配下に置くという結果に。不凍港を獲得するという目標を達成できなかったことを考えると、ロシアのイギリスとの覇権争いは完全に失敗に終わったといえます。
そして19世紀なかばになると、南下政策の矛先は東アジアへ向くようになります。
幕末期、1861年に日本の対馬にロシアの軍艦が対馬に上陸し、租借地にしようと企てたロシア軍艦対馬占領事件が発生。(後にイギリスの介入によりロシアは撤退)
1899年には朝鮮(大韓帝国)の馬山浦を占領し、租界を設置しようとした馬山浦事件(Masanpo Affair)が発生。(日本側の工作によりこれも失敗に終わる)
対馬や馬山浦はいずれも年間を通じて凍らない不凍港を有しており、太平洋への進出が容易な地理的優位性を備えています。

太平洋に出るには日本が障害となるので、対馬や朝鮮の港を租借しようとロシアは考えていた
(樺太やカムチャッカ半島近海は、冬期には凍ってしまう)
こうした戦略的価値の高い港をめぐって、ロシアが朝鮮や日本の島々に強い関心を抱いていたのは明らかであり、日本にとっては、朝鮮がロシアの支配下に置かれれば、対馬の目と鼻の先にロシアの勢力が迫ることを意味しました。
このような地政学的危機感は、日本に朝鮮併合の必要性を強く意識させる要因となりました。
さらにこの後、ロシアは中国のポートアーサー(大連港)を一時租借しましたが、日露戦争で失います。これによりロシアの東アジアでの温暖港獲得の夢は挫折します。

The real trouble will come with the “wake” / J. Ottmann Lith. Co. Puck Bldg. N.Y.
不凍港獲得への飽くなき追求。これこそが帝政ロシア時代から現代に至るまで、ロシアの対外政策を理解する上での重要な鍵となっているのです。
北方領土の戦略的価値
数百年にわたって不凍港を渇望してきたロシアですが第二次世界大戦後、ロシア(ロシア帝国➡ソ連)に転機が訪れます。日本の敗戦により、力尽くで日本の領土を奪い取ることができたのです。
第二次世界大戦後に獲得した北方領土は、ロシアにとってまさに地政学的な願望が現実となった地域でした。
北方領土、特に択捉島や国後島は、日本海と太平洋に面しており、冬季でも凍結しにくい港が存在する可能性があるため、海軍力や潜水艦基地として極めて戦略的な価値を持っています。
特に地球温暖化でこれまで凍っていた港が不凍港になったこともあり、この地域の軍事的重要性は冷戦期から現在に至るまで、ロシアにとって重要な位置付けとなりました。
加えて、北方領土は豊かな海産資源に恵まれており、経済的な観点からも大きな利益をもたらしています。
特に択捉島に本拠を置くロシア最大手の水産企業ギドロストロイ(Гидрострой)は、従業員数3600人以上を誇り、国内有数の大企業に成長。この企業は水産業のみならず、建設業や観光業にも手を広げ、グループ全体で7000人以上の雇用を生み出しています。
こうした雇用と税収によって、島の経済状態は意外にも安定しており、単なる辺境の地ではないのです。

2019年に色丹島の穴澗(あなま)に新設された水産加工施設には、村の人口の13%にあたる約200人が勤務しており、その完成式典にはプーチン大統領がリモートで参加したほど。このことから、北方領土がロシアにとって国家的に重要な位置づけにあることは明白だといえます。
軍事・経済の両面で大きな価値を持つ北方領土。それゆえに、ロシアがこの地域の返還に消極的であるのは、単なる意地や歴史認識の違いによるものではなく、国家戦略としての合理的な判断に基づくものなのです。
北方領土は米露の覇権争いの主戦場!?
現在の北方領土交渉において、ロシアは安全保障上の理由から返還に慎重な姿勢を示しています。
ロシアのプーチン大統領は北方領土返還の条件として、返還後の島々に米軍基地を設置しないことを日米首脳間で公式文書として合意するよう求めています。非公式な約束では将来反故にされる可能性があるため、正式な確約を要求しているのです。
ロシアにとってアメリカは敵対勢力であり、自国領土の近くに世界最強の軍事力を持つアメリカの軍事基地が設置されることは絶対に避けたい事態なのです。これは、かつて日本が朝鮮半島のロシア進出を脅威と感じたのと同じ構図だといえます。
直近の例では、NATO東方拡大を脅威と捉えたロシアが、NATO加盟を目指すウクライナに侵攻した構図と酷似していますね。つまり地政学的な安全保障への懸念が、ロシアの対外政策を大きく左右しているのです。
結局、北方領土問題は冷戦時代から続く米露対立の現代版として位置づけられており、もはや日露間だけでは解決困難な国際問題となっています。
これこそが、ロシアが北方領土の返還に応じない真の理由なのです。