革命の英雄か、それとも冷徹な独裁者か ~ロベスピエールの真実~

「目的のためには手段を選ばない」

この言葉を耳にすると、何かを成し遂げるために倫理や道徳を犠牲にする冷徹さを連想する人も多いでしょう。

賛否が分かれるこの考え方ですが現代でも、たとえば仕事やプロジェクトで「結果さえ出せれば過程は問わない」と求められることも少なくないと思います。

ルールや法律を曲げること、もっというと倫理観や道徳を犠牲にする行動は、果たして正しいと言えるのでしょうか?

この問いは歴史上の人物にも当てはまります。フランス革命時のフランス第一共和政の指導者(1793.9 – 1794.7)、ロベスピエールMaximilien Robespierre)はその象徴的な存在といえるでしょう。

ロベスピエールは18世紀末のフランス革命において王政を打倒し、平等と自由を掲げる新しい社会を目指した革命家です。

一方で、彼の姿勢は「目的のためには手段を選ばない」という冷徹な現実主義、つまりマキャベリズムと重なる部分があります。

国のためなら、誰であろうが躊躇なく粛清した、「革命の理想」と「暴力的な現実」の両面を持つ恐怖政治の主導者でもありました。

革命を成功させるため・国を良くするためと、時には厳しい手段を取ったロベスピエール。

果たして彼は、「目的のためには手段を選ばない」冷徹なリーダーだったのか。それとも、理想を追求するあまり誤解されてしまった「良い」リーダーだったのでしょうか?

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  1. 理想を掲げた若きロベスピエール
  2. ロベスピエールが選んだ道
  3. 目的のための手段と理想社会の追求

理想を掲げた若きロベスピエール

弁護士の家庭に生まれたロベスピエールは学校を優秀な成績で卒業したのち、フランス北部のアラスという街で弁護士として活動をはじめます。

弁護士として活動していた彼は何をしていたかというと、社会的に弱い立場や貧困に苦しんでいる人々を支援していました。

具体的には、法の下の平等を支持した論文を書いたり、ほかにも革命初期には、プロテスタントやユダヤ人の市民権を擁護する演説を行ったりと、当時社会的に低い身分にいた人々を擁護する演説を行っていました。

社会的弱者の権利を訴える活動を通じて、ロベスピエールは「弱い者の味方」として広く支持されていきます。

ロベスピエールが職業としての弁護士の立場だけではなく、自ら率先して社会的弱者を救おうとしたのには理由があります。

もともとロベスピエールは早くに母を失い、父も家を出てしまったため、祖父母や叔母たちに育てられたという背景があるのです。親がいなくなったことで経済的にも豊かだったとはいえないでしょう。

フランス革命前のフランス社会は身分制社会(アンシャン・レジーム)であり、生まれた時点で自分の地位が決まってしまうという社会構造を持っていました。

この時のフランスでは貴族や聖職者が特権を享受する一方で、第三身分(平民)は搾取されていたのです。

アンシャン・レジームの風刺画
第三身分の平民が”上級国民”を支えている

こうした環境で育ったロベスピエールは、貴族や上流階級が特権を享受する一方で、平民が搾取されるという不平等さを強く意識するようになりました。

ほかにも啓蒙思想、特にルソーの影響も大きかったとされています。ルイ大王学院在学中にルソーの社会契約論に感銘を受け、個人の自由と平等、人民主権といった理念に共感するようになります。

ロベスピエールの道徳や人権を強く重んじる姿勢は、身分や宗教に関係なくすべての人が平等であるべきだという彼の確固たる信念に基づいて形成されたと言えます。

この頃の彼の行動には、「目的のためには手段を選ばない」という冷酷さは見られません。むしろ、道徳や正義を重んじる姿勢が際立ち、革命初期のフランスに希望をもたらした人物といえるでしょう。

ロベスピエールが「すべての人々が平等であるべきだ」という理念を根底に持ち、それを実現するために行動していたことを示しています。彼の思想は、個人的な野心や利害ではなく、国や社会をより良くするという高い理想から生まれていました。

ロベスピエールが選んだ道

しかし、フランス革命が進む中で状況は一変します。

国家は内外の敵に囲まれた四面楚歌のような状態になり、危機的状況に陥っていました。この中でロベスピエールは、革命を守るためには強硬な手段(恐怖政治)しかないと信じるようになったのです。

革命の最中、外国勢力からも宣戦布告され、フランスは孤立していました

フランス第一共和政の指導者となったロベスピエールは革命裁判所の審理を簡略化し、被告の弁護を認めない措置を強行。

ロベスピエールの政敵や、王制を支持する人々を躊躇うことなく次々とギロチンで処刑していき、フランス国内で16000人もの人数がロベスピエールに粛清されたといわれています。

ほかにもキリスト教を否定しながらも無神論には反対し、「最高存在の祭典」を開催。道徳心や祖国愛を鼓舞し、革命の危機を乗り越えようとしました。

ロベスピエールは「徳なき恐怖は忌まわしく、恐怖なき徳は無力である」と語っており、理想を実現するためには厳しい措置も必要だと考えるようになります。

この「徳」とは個人の私益ではなく、社会全体の利益を追求するという意味合いを持つものです。

ロベスピエールは、健全な国家運営にとって最も重要なものは徳であり、自分の利益しか考えない、自己中なやつらは必然的に国家を腐敗させる!と信じていました。

死刑制度に強く反対していたロベスピエールが、贅沢三昧をして平民を苦しめていた国王(ルイ16世)の処刑を積極的に支持していたのはこのためです。

ルイ16世の処刑

このようなロベスピエールの信念と行動には、イタリアの思想家ニッコロ・マキャヴェッリが提唱したマキャベリズムとの共通点が見られます。

マキャベリズム(Machiavellianism)とは、「国家や権力を維持するためには、必要に応じて非道徳的な手段を使うことも許容される」という冷徹な現実主義的思想のことです。

特に国家の安定や権力の維持のためには、暴力や策略を用いることも容認されるべきだとされています。

ロベスピエールの行動も、革命の成功を最優先に考えた結果、時には過激な手段を取ることが正当化されると考えた点において、マキャベリズムと重なります。革命という理想を守るために、彼は冷徹で非道徳的な判断を下し、恐怖政治を推し進めたのでしょう。

国を想う一心で全力を尽くしたロベスピエール。しかし、彼の極端で急進的な政策は民衆の怒りを買い、皮肉にも自らが振るった恐怖政治の象徴であるギロチンの刃にかかるという、劇的な最期を迎えることに。。。

目的のための手段と理想社会の追求

マキャベリズムの核は「冷徹な現実主義」にありますが、ロベスピエールの行動はそれだけでは説明できない複雑さを孕んでいます。

ロベスピエールは、これまでの特権階級が支配する身分制社会を廃止し、すべての人々が平等である理想的な社会を実現しようとしました。そのために、彼は時に厳しい手段を「仕方がない」と受け入れ、最終的にはそれを正当化していったように見えます。

つまり、ロベスピエールの行動は単なる「冷酷さ」から来たものではなく、むしろ彼の理想を追求する姿勢から生じたものであったということです。この点が、彼の行動を理解する上で非常に重要な要素です。

一方でロベスピエールの極端すぎる恐怖政治が、「目的のためには手段を選ばない」とするマキャベリズムそのものだと見る視点も依然として存在します。

したがって、ロベスピエールをマキャベリストと見るべきかどうかは、彼の信念と行動の解釈によって分かれるところです。

恐怖政治による暴力的な手段に注目すれば、ロベスピエールは目的達成のために手段を選ばない典型的なマキャベリストといえるかもしれません。

しかし、理想社会の実現を目指す信念に根ざした行動を重視すれば、ロベスピエールはむしろ「現実の中で理想を貫こうとした理想主義者」として捉えられるでしょう。

歴史的事実として、彼が恐怖政治を推し進めた結果、多くの命が失われたことは否定できませんが、それが「徳と恐怖」の融合という彼なりの革命観に基づいて行動した結果であることもまた一つの事実。つまり、ロベスピエールを単純にマキャベリストであると結論付けることはできないのです。

現代に生きる僕たちにとって、重要なのは、ロベスピエールが取った手段の是非を議論するだけではなく、彼のように理想と現実の狭間で揺れ動いた人物から何を学べるかを考えることではないでしょうか。

目的のために手段を選ばないことが正当化される場合もあるのか、それとも道徳的な一線を越えるべきではないのか。ロベスピエールを通じて僕たちが問いかけられるのは、倫理観と行動の在り方そのものだと感じさせられます。

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