2023.2/10
前回に引きつづき、デルフィ遺跡を探索。
アテナイ人の柱廊を抜け、いよいよデルフィ遺跡の目玉・アポロン神殿へ向かいます。
今回もわかりやすくするため、「アサシンクリード・オデッセイ」のゲーム世界で散策したデルフィの動画と、遺跡の地図を記事の下部に載せておきました。
アサシンクリードをプレイしたことがある人には、「あの場所だ!」と興奮してもらえるはずですし、まだ訪れていない方にも、どんな風景が広がるかイメージしてもらえると思います。
ゲームの中で見た神殿が、実際にはどういう状態で現存しているのかを比べながら歩くのは、ちょっとしたリアルとバーチャルの旅の融合体験。柱廊の角度や階段の雰囲気が、ゲームの中で細かく再現されていることに感心するはずです。

黄色:アルカイック期
山吹色:古典期
オレンジ色:ヘレニズム時代
ピンク色:ローマ帝国時代
Photo by Tomisti / CC BY-SA 4.0
アポロン神殿
広場を通り抜けて左に曲がると、ついにアポロン神殿に通ずる階段が見えてきましたが、その光景に思わず感動!
どっしりとした石の階段は、時間の流れに耐えながらもどこか威厳を保ち、まるで「これから神聖な場所へ向かう覚悟はあるか」と問いかけているように感じました。

階段を一歩一歩上るたびに、頭の中で冒険心が高まり、まるでドラクエに出てくるお城に向かう主人公になった気分です。
周囲には遺跡の石材が散らばり、古代の時代に紛れ込んだような錯覚を覚えます。足音が石に反響し、空気が次第に張り詰めていく感覚。
階段を登りきったその瞬間、眼前に現れたアポロン神殿と、そこから一望できるプレイストス渓谷の雄大な風景がまるで旅の果てに待つ最高の贈り物のように感じられました。
左に目を向けるとついに現れました。アポロン神殿です!

地図1番
動画14:50
アポロン神殿は、古代ギリシャで神託を通じて宗教と政治の中心的役割を果たし、「古代の情報基地」として機能していました。
神官ピュティアを介してアポロンの神託が告げられた場所で、国家間の同盟や戦争の行方を左右するほどの影響力を持っていたのです。
広範な情報収集を行い、地理や政治に関する知識を蓄えたデルフィは、現地ガイドが「古代のCIA」と称するほど。

真ん中にある大きな建物がアポロン神殿
(Albert Tournaire, 1894)
アポロン神殿は紀元前7世紀に建設され、何度も再建されながら繁栄しましたが、ローマ帝国でのキリスト教化に伴い衰退。西暦4世紀末、テオドシウス1世の異教徒禁止令により破壊され、その後は地震や侵食により土中に埋没していまいました。
19世紀末にフランス考古学研究所がその遺跡を発掘・再発見。現在では世界遺産として保護され、古代ギリシャ文明の栄光と神秘を今に伝えています。

アポロン神殿の跡地は歴史的遺産として非常に貴重なので、跡地の中(神殿の床?)への立ち入りは禁止されています。ただし、猫だけはそのルールの例外のようです。

前世はピュティアだったのか、、、?
猫たちの優雅な姿とともに、外から眺めるだけでも圧倒される神殿の壮大さを味わえました。遺跡が語る古代の栄光と、漂う神秘的な空気が訪れる人々を引き込むのです。
神殿を囲む景色と、背景にそびえるパルナッソス山の雄大な景色が見どころ。古代ギリシャのスピリチュアルな中心地だったデルフィで、現代でもその特別な空気を存分に感じられます。
デルフィの円形劇場
アポロン神殿を抜け、道沿いに進んで階段を登ると、次に現れるのは古代劇場です。

地図6番
半円形に広がるこの劇場は、かつて演劇や音楽の舞台として多くの人々を魅了した場所。
現在残っている劇場は、ローマ帝国時代初期(1世紀)に建てられたものですが、その歴史はさらに古く、最初の円形劇場は紀元前4世紀に建設されたとされています。
その後、紀元前160年から159年にかけてペルガモン王エウメネス2世の資金援助で改修され、現在の石造りの姿はローマ帝国時代初期に再建されたものです。
今残っている円形劇場の座席は、上の写真を見ればわかるとおり石でできていますが、元々は木製の座席だったか、そもそも座席がなく観客は地面に座っていたと考えられているそうです。
収容人数はなんと約5000人。ぎゅうぎゅう詰めだったんでしょうか?石段の観客席に座ると、劇場全体の構造が絶妙で、声が反響しやすい設計にオドロキ!
野外だからそんな音が聞こえないんじゃないの?と思いましたが、これが意外と響く。実際に友人と声を出して実験しましたが、見事にこだまして聞こえました。
なるほど、確かにこれなら演説や劇を行うにはぴったりな場所だと納得! 古代の先人たちの知恵と技術の結晶に思わず感心してしまいました 笑
宗教・スポーツ・芸術の聖地
さてデルフィが宗教や政治の中心地であったことは前のページで書きましたが、実はそれだけではなく、芸術活動の拠点でもありました。その象徴ともいえるのが、四年に一度開催されていたピュティア大祭です。
ピュティア大祭は、古代ギリシャでアポロン神を讃えるための宗教、スポーツ、芸術が融合した祭りで、古代オリンピックに次いでギリシャで二番目に重要とされていました。
スポーツ競技だけでなく、音楽や詩の朗読といった芸術的競技も行われ、優勝者にはアポロンの聖樹である月桂樹の冠が贈られました。

もっともこの繁栄も、ローマ帝国がキリスト教化したことで終焉を迎えます。テオドシウス帝の命令によってお祭りは廃止され、劇場も静寂に包まれることとなりました。
そんな背景を持つデルフィは、後世の歴史家たちからも高い評価を受けています。スイスの歴史家ヤーコプ・ブルクハルト(Jacob Burckhardt)はデルフィについて、こう述べています。
ギリシア精神の波動が全土から集中し、また全ギリシアに向かって流れ出す源泉
齋木俊男、「ギリシア歴史の旅 ―現代から過去へ―」、株式会社恒文社、1997年2月10日、222頁
この言葉が示すように、デルフィは政治や宗教だけでなく、芸術文化の発信地としてもギリシャ全土に影響を与える存在でした。

劇場の観客席に立つと、眼下にはアポロン神殿の遺跡、そしてその背景には雄大なパルナッソス山の景色が広がります。この壮大な眺めは圧巻で、訪れる人々に古代ギリシャの文化的エネルギーを五感で感じさせる特別な体験を与えてくれます。
しーんとした遺跡の静けさに一抹の寂しさを感じますが、かつてはギリシャ全土から人々が集まり、歓声や拍手が響き渡る大盛況の場所でした。その情景を思い浮かべると、改めてこの地が持つ歴史の重みと古代の人々の情熱を感じさせられます。
石段に腰を下ろして、当時の人々がどんな気持ちでこの場所を訪れ、どのように芸術を楽しんでいたのかを想像してみれば、劇場の静寂と目の前の風景が、遠い昔と今を繋げるような不思議な感覚をもたらしてくれること間違いナシ。
円形劇場も見学できたし、これで一通りデルフィ遺跡を探索したことになります。遺跡のすぐ隣に考古学博物館があるのでそこにも立ち寄っていきます。
To be continued…
「欧州放浪記⑪ ~古代ギリシャの魂が宿るアポロン神殿へ~」に3件のコメントがあります