言語が持つ潜在的な力とは 

小中高までは、自分の住んでいる地域とその周辺の人たちとの交流が殆どでしたが、大学に入ったり、社会に出たりすると、日本全国のさまざまな地域から来た人々と出会い、人間関係を構築していく場面が非常に多くなると思います。

大阪出身の人もいれば富山出身の人も、山形出身の人もいる。本当に多種多様です。

出身地が違っていても、日本国内であれば当たり前のように日本語で会話をしています。もちろん、方言や訛りがあるものの、大抵はお互いに理解でき、意思疎通が取れます。言語を介して初めて自己紹介をし、相手を理解する。それができるのは、僕たちが共通の言語を持っているからです。

海外で自分の母語である日本語を話している人を見かけた時、その人がまったく知らない人であっても、どこか親近感を覚えることはないでしょうか。もしかしたら「こんなところに日本人がいた!」と興奮してしまうこともあるかもしれませんね。

このように言語には、同じ言語を話す者同士を結びつける何か強い力があるのではないかと感じられます。今回はそんな言語の持つ潜在的な力を歴史的事例を基に深掘りしてみようと思います!

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  1. フランスの事例
  2. 言語とアイデンティティ

フランスの事例

言語が持つ潜在的な力を探るために、フランスの歴史について少し掘り下げてみたいと思います。

今から500年ほど前、1539年にフランスで、フランスの王様フランソワ1世はヴィレル=コトレの勅令Ordonnance de Villers-Cotterêts)という法律を発布しました。フランスの歴史の中でも重要なターニングポイントで、特にフランス語の普及に大きな影響を与えたことで知られています。

この勅令の一番の特徴は、法律や公文書のすべてをフランス語で書くことを義務化し、地域間の統一を促進した点です。

 すべての決定と行政文書の作成はこれより「フランスの母語によりなされ、ほかの言語ではない」と定めている。

ジャン=ブノワ・ナドー&ジュリー・バーロウ 著、中尾ゆかり 訳、『フランス語のはなし』、株式会社大修館書店、2008

この「ほかの言語」というのは主に教会で使われていたラテン語です。当時のフランスでは、公文書の多くがラテン語で書かれていましたが、地方によって異なる方言が使われ、行政手続きが複雑になっていたという背景がありました。

この勅令によってラテン語と、当時フランスで話されていた様々な方言の使用も禁止され、当時パリ周辺で話されていたフランシアン語を基礎としたフランス語が公式言語となりました。

これにより、フランス国内の各地でバラバラだった方言も統一され、中央集権化が促進されることになります。公文書からラテン語を除外することで教会の影響力が弱まり、国王の権力強化にもつながったのです。

☑ Point

この法律には行政手続きを整理し、戸籍制度を整えるための条文も含まれていました。これによって出生記録や死亡記録を残す仕組みが整い、フランス国内での統治がよりスムーズに。

つまりまとめると、ヴィレル=コトレの勅令は「国の公式な言葉をフランス語にする」「行政手続きを効率化する」という2つの目的を持った法律だったのです。

この勅令はフランスの言語統一の第一歩となり、現在でもフランス語が「フランスの誇り」として大切にされる基盤を作りました。まさに、フランス史における「言葉の革命」ともいえる出来事だったのです。

言語とアイデンティティ

では、フランソワ1世がフランス語を統一した真の理由は一体何だったのでしょうか。

諸説あると思いますが、一番の理由は国民が一致団結して国をより成長させていきたかったからなのではないでしょうか。

何百万・何千万もいる国民を一つにするためには愛国心が必要であり、その愛国心を形作るためには、ナショナルアイデンティティーを確立する手段の一つである共通の言語が重要です。

自分と同じ母語を話す人たちに親しみを感じるのは、まさにこれが理由ではないでしょうか。

王国をまとめるために言語を統一させて、国民に「自分はフランス人、フランス国民である」という自覚を持たせる。これがフランソワ一世の真の目的だったのです。

言語は、その言語を話す集団を結束させる強い力があり、その力はナショナリズムやナショナルアイデンティティーを強化する原動力でもあります。

驚くかもしれませんが、実は日本には日本語を公用語とする法律がありません。

それでも僕たちは、自然に日本語を使い、日本全国の人々と意思疎通を図っています。同じ言語を話すということは、それだけで人々をつなぐ強い力を持っているといえます。海外で同じ母語を話す人を見つけた時に感じる親近感も、その一例と言えるでしょう。

言語こそが人類が生み出した最高の発明の一つであり、フランソワ1世はその力を巧みに利用して、王国の統一を実現していったのです。

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