マネの『鉄道』を詳しく解説!鉄柵の意味は? 

フランスを代表する印象派画家であるマネ(1832 – 1883)の代表作の一つに『鉄道』(Le Chemin de fer 1873 ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵)という作品があります。この作品は日本語では『鉄道』と訳されていますが、原作のフランス語では『Gare Saint-Lazare』といいます。つまり題名から判断すると、この作品がサン・ラザール駅を表す絵画であることが推測できるますが、作品には肝心の『鉄道』らしきものは白い煙が遮り明確に描かれていないため直接的には見当たりません。マネは一体この『鉄道』をどのように描写したのでしょうか。

『鉄道』はどんな描写?

作中には「鉄道」と思われるものを鉄柵の外から眺めている少女と子犬を膝にのせて本を読んでいる女性が一人ずつ描かれています。地面に描かれている軌道と作品の名前から、この少女はサン・ラザール駅に停車している『鉄道』、つまり汽車を観察していることがいえます。鉄柵の先は汽車の蒸気で隠されているのか、汽車自体は描写されていませんが、その奥にサン・ラザール駅らしき建物が描かれています。作品の右下にはブドウが一房描かれていることから、作品の舞台はブドウの季節である秋ではないかと推定できますね。

作品の右下端っこの方にぽつんと置かれている一房のブドウ

分析してみた

まず、作品の中心的要素である鉄道について分析してみましょう。鉄道が開発されたのは 19 世紀初頭から中ごろにかけてであり、世界で初めて開通した鉄道路線が1830 年開通のイギリスのリバプール・マンチェスター鉄道(L&MR)でした。作品の描かれた 1853 年当初は鉄道は珍しい存在で、作品に登場するサン・ラザール駅はパリで初めて開業した駅です。そこから、作品に描かれている少女が鉄道の物珍しさから汽車や駅舎を眺めているということが推測できます。

サン・ラザール駅(1845)

次に少女がつかんでいる鉄柵の役割について分析してみます。『鉄道』で極めて特徴的なのはマネの絵画技法でしょう。モネやルノワールといった印象派画家の作品にも共通していることですが、伝統的絵画で用いられている遠近法の概念が否定されていて作品が平面的に描かれています。これはつまり、作品の主体が鉄道ではなく二人の女性とこの特徴的な鉄柵に向けさせようと描写されていることを意味しているといえそうです。

さて、この鉄柵ですが実はもう一つ重要な役割を担っていると考えられます。この鉄柵を見てみてみなさんはどう感じましたか?一見少女たちの方に目が向きがちですが鉄柵のほうにも注目してみてよく観察してみると、少女が鉄柵をつかんでいる様子は鉄道の存在を無視して考えれば、まるで少女が独房の中に入れられて自由を求めている姿を現しているともとらえられないでしょうか。

籠の中の少女?

実際、この作品が描かれた歴史的背景として、多くの労働階級の労働者が近代化にともない鉄道敷設などの労働に従事していたという背景があります。女性たちのいる場所と鉄道のある駅舎が鉄柵によって分けられているように、鉄柵はあたかも上流階級層と労働階級層を分け隔てる当時の社会的距離を表現しているのではないか。

このように「鉄柵を通して当時の近代化の象徴である鉄道を描くという構図は,諸イメージを自由に組み合わせて現実らしさを示すマネならではの手法である。」(今林 2014)こうした独特な絵画技法を意識し、伝統にとらわれない前衛的な絵画作品を生み出したことが、マネが“近代絵画の父”と呼ばれる理由ではないでしょうか。

☑ Point

前衛(Avant-garde)とは戦場の最前線で戦っている部隊のことで、常に最先端をいっていることからこれまで用いられてこなかった革新的な技法を用いた芸術を前衛芸術といいます。(前衛芸術家といえばピカソがとても有名)簡単に言うと、「伝統・保守」の反対ですね。

比較

モネ『サン・ラザール駅』La Gare Saint-Lazare(1877)

ここまでマネの『鉄道』を分析してきましたが実はマネと同じく、サン・ラザール駅を題材とした作品が存在します。それがモネ(1840 – 1926)の『サン・ラザール駅』の連作で、これらの作品はマネの『鉄道』とは相対的に、空気遠近法を用いた絵画技法により作品に奥行きを持たせ、遠近感を鑑賞者に与えさせています。他にも汽車が明瞭に描かれているうえに絵画に登場する人物と鉄道を遮る鉄柵がなく空間的に広々と描かれているところから、同じサン・ラザール駅を主題とした絵画でも、マネとモネの違いとして空間をどう利用しているかということに着眼でき、両者ともにそれぞれ絵画技法を独創的な発想で絵画に適用していたことがいえます。


まとめ

マネの『鉄道』は鉄柵と空間を巧みに利用することによって、女性たちと近代化を象徴する鉄道を隔てるものであるということが分析できたかと思います。女性の膝の上にいる子犬は、その眠っている様子から女性のペットである可能性があると予想できますが、これは 19 世紀パリ市民Parisien(ne)の生活を現しているのではないか、そして作品の右下に描かれた一房のブドウが何を暗示しているのかが今後の可能性として研究の対象となりそうです。


参考文献

・今林常美 『マネ・印象派と 19 世紀後半の近代都市パリ ─マネ『鉄道』(1874 年)を手がかりに─』 世界史芸術鑑定団 (2014)

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